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【第十一話 釣りを愛する者に国境はない~韓国フィッシングTVロケ日誌/其の二~】

 新たな年を迎え、今年の釣行計画を練りながらタックルの手入れに勤しんでいる御仁も多かろう。今年、私は年男。気分一新して、二〇二〇年を発進するつもりなのだが、新年早々、テレビを付ければ、不安な中東情勢や隣国との軋轢が、相も変わらず流れている。年が変わっても国際情勢は好転しないようだ。
 今回は昨年末に紹介した『韓国フィッシングTVロケ日誌』の後編を綴るのだが、両国の友好は暗礁に乗り上げた状態で、依然として先行きは不透明。
首脳会談が成立しても横たわる諸問題は放置されたままで、お隣の国は、新年から事実無根の放射能汚染を持ち出し、東京オリンピックにまでケチをつける始末。本来、スポーツに政治を持ち込むことはご法度のはずなのに、これでは平和の祭典も台無しだ。
そんなこんなで国の関係は微妙でも、韓国のアングラーと交流を保っている私は、釣りの世界だけは別物だと信じている。それ故、日本と韓国の情勢が不安定な時期に、あえてこの話を持ち出したのだ。
 三年前、北海道のフィールドに感動した、彼らが見せた笑顔は本物だった。私のガイドに感謝して、差し出した手のひらは温かかった。空港で別れ際にハグした彼らの目には涙が浮かんでいた。それが、すべての答えだ。

 *   *   *

 釣行四日目の朝、ロケ隊を乗せて帯広のホテルを出発した私は、十勝川沿いの道を走っていた。目指しているのは、巨大なアメマスが遡上する日高の川。
旭川近郊でエゾイワナとレインボートラウトを釣り、屈斜路湖でヒメマスを手にし、釧路湿原でアメマスと戯れた。残ったミッションは六〇センチを超える大物アメマスとの格闘をカメラに収めること。
だが、この年は遡上アメマスが絶不調で、どのフィールドも釣果が芳しくない。暗雲が立ち込める状況で、助け舟を出してくれたのが、帯広在住の友人、N氏だった。N氏は、南十勝から日高にかけての河川、サーフに精通するアングラーで、これから向かう川は、彼の庭のようなフィールド。訊けば、つい先日も七十センチを超えるアメマスを釣り上げたのだという。
萎みかけた期待が、ふたたび膨らんでいく。
先導するN氏の車を追って、十勝川の河口を抜け、太平洋を横目に海沿いの道をひた走る――。

 二時間ほど、ランデブー走行を続けた後、国道を右に折れて林道に入った。周囲は手つかずの原生林、野生の匂いが漂うエリアだ。未舗装の悪路なので車は大揺れ。うたた寝していたKAN氏が、眼を覚ました。
『カミヤサン、スゴイバショニ ヤッテキマシネ カンコクニハ ナイケシキデス』
『そうだよ、KAN。ここは大自然の中。これから入るのは、特別な川なんだ』
『カンシャシマス コンナトコロデ ツリガデキルトハ オモッテイマセンデシタ』
 KAN氏は、興奮しきりの様子。期待を裏切らない大物が出てくれるといいのだが。林道を三〇分ほど進んだ所で大きな堰堤が出現。私たちはN氏の車の後に続いて堤防脇の取り付け道路に入り、空き地に車を停め、釣りの準備を始めた。

『あの堤防も狙い目ですが、先日入ったときは、ここから三〇〇メートルほど下の淵で大きな遡りアメマスが釣れました。まずは、そこに行ってみましょう』
 N氏のレクチャーを受けて釣り開始。と、なるはずだった。
ここで、信じられないトラブルが発生。カメラマン兼プロデューサーのU氏が何やら叫んでいる。近くに歩み寄ると、ハングルでKAN氏に必死で何か訴えている。『どうしたKAN?』英語でKANに尋ねると『ドローンガ トンデイッテシマッタヨウデス』肩をすくめて、私に説明した。
U氏は、ドローンで上空から景色を撮っていたのだが、距離を誤って飛ばし過ぎたので、制御不能になってしまい、山の向こうへ飛び去ってしまったのだという。
「ヤマノオクマデ サガシニイケマスカ? ト、Uシガイッテイマス」
『KAN。残念だが、ここはヒグマの密生地だから、無理だよ』
 その答えにU氏も納得したようで、空撮は諦めて釣りの撮影に入ることになった。

 N氏の案内に従って、ポイントへ向かうと、凄まじい水音が上がった。その場所に眼を向けると、思わず息を飲んだ。
なんと、三匹の巨大なアメマスがテリトリーを主張して争っているではないか。
『あれ、70はありますよ』と、N氏。
「ヤバいサイズだね」静かにうなづく私。
『モンスター デス』眼を丸くするKAN氏。
 そして、釣りが始まった。大物はKAN氏に任せて、私は少し下流でキャストを開始。ほどなくドツンと重いアタリがあり、五〇センチ半ばのアメマスが釣れた。
 問題は、主役のKAN氏だ。かれこれ一時間近くキャストを続けているが、アメマスはルアーに見向きもしない。見える魚は釣れないというが、まさしくその通り、巨体を見せつけるかのように悠々と泳いでいる。
「ドウシタラ ヨイ デショウカ」あまりの手強さに、さしものKAN氏も攻めあぐねているようだ。
「そうだね。魚の少し手前にルアーを落として、リフト・アンド・フォールで誘ってみたら、どうかな」
 食い渋るアメマスには、リアクションバイトを誘うしかないと、KAN氏にアドバイス。すると、ほどなくして嬌声が上がった。
「ヒット! キマシタ! スゴイヒキデス」
 ロッドは弓なりで、ドラグが鳴り止まない。ラインが突き刺さっている水面から、大きな水しぶきが上がった。
「KAN、慎重に。その下の弛みまで魚を誘導しよう」
 必死の形相でファイトしているKAN氏をランディングポイントに誘導し、獲物が弱るのを待った――。
 行きつ戻りつの攻防戦を何度か繰り返し、ついにKAN氏のネットに巨大なアメマスが収まった。ランディング成功。メジャーを当てると、七四センチ。ミッションコンプリートの瞬間だ。
「よく、やったねKAN」と私。
『おめでとう』とN氏。
KAN氏は、顔をくしゃくしゃにして笑顔を見せ、握手の手を差し出した。

 *   *   *

 旭川に戻った私たちは、彼らのお気に入りとなった回転寿司店で最後の晩餐会を開いた。五日間の釣行を共にして、すっかり仲間意識が芽生えたロケ隊。それぞれの胸に刻まれた思い出が、韓国語、英語入り混じりで口をついて溢れ出し、なかなか話が止まらない。釣りに国境はないと、本気で思える夜だった。
 翌日、旭川空港で彼らと別れた私は、達成感と共に、どこか寂しい思いに駆られていた。これじゃ、まるでウルルン滞在記だ(笑)。
だが、ロケ隊の面々も思いは一緒だったようで、一年後、今度は彼らの招待で、私が韓国のフィールドに立つことになる。その話は、後日、また。

◇Photo graphic

001・KAN氏に大物の場所を譲った私が、下流のポイントでヒット。

002・手にしたのは、五〇センチ半ばの遡りアメマス。

003・アメマスは、イワナの降海型。オスは厳つい顔をしている。

004・KAN氏がついに七〇センチオーバーの大物を釣り上げた。

005・KAN氏とN氏と私でミッションコンプリートの記念撮影。

006・最後の夜の宴は、彼らのお気に入りとなった回転寿司。

007・よほど日本の回転寿司がお気に召したのか、どんどん皿が積み上がっていく。

008・韓国のロケ隊を空港へ送迎。なんとも言えない寂しさが込み上げる。それは彼らも同じだった。

神谷悠山 北海道旭川市在住
物心がついた頃から渓流釣りを覚え、これまでに様々な釣りを嗜んだ。その経験を生かし、メディアで釣りの魅力を紹介している作家、構成作家。得意とするのは、内水面のトラウトフィッシング。自らを欲張りな川釣り師と称し、ルアー、フライ、エサを問わず、ノンジャンルで釣りを楽しんでいる。

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