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【第十話 釣りを愛する者に国境はない~韓国フィッシングTVロケ日誌/其の一~】

近年、お隣の国との騒動が絶えない。ここ最近は、我が国で解決済とする徴用工の問題を再燃させる判決、自衛隊機へのレーダー照射、ホワイト国除外に対抗する不買運動、果ては米国を巻き込む軍事協定GSOMIAの破棄など、火種が尽きることはない。

原因は、真実を置き去りにしたポピュリズムの膨張にある。韓国では情緒法という言葉があるように、時として法より国民感情が優先されるようだ。為政者は、自らの反日プロパガンダが産んだ民衆の声に怯え、自縄自縛。プライドと虚構にすがるしかなく、結果、振り上げた拳を降ろせなくなってしまう。

こうした状況下では、我が国の主張する正論は届くはずもない。問題はこじれるばかりだ。根本的な部分が改善されない限り、軋轢は、当分の間、収まることない。政治と経済は別物と云うが、今の状況では、その言葉すら虚しく響く。
しかし、趣味の世界は別である。私はフェイスブックのアカウントを持っているが、そこでは同好の士ということもあり、政治も宗教も関係なく交流ができている。『釣り』というキーワードが心を溶かし、国境を越えてしまう。モチロン韓国人も同じで、SNSを通して楽しいやり取りを交わしている。

今から三年前のこと。私は、とあるTV局のプロデューサーの依頼で、韓国の釣り番組の製作に協力した。彼らとは、それ以来、親交が続き、ロケの翌年には、韓国に招待されて釣行も経験した。今回は、その話をしよう。

*       *        *

二〇一六年の一〇月上旬、釣り道具と数日分の着替えを愛車に積んで空港へ向かった。今日から四日間、お隣の国の釣り番組のロケに同行する。

番組の撮影は、普段から仕事の一環として慣れっこのはずだが、今回は、心中穏やかではない。外国のテレビ番組の撮影は初めてな上に事前の打ち合わせも完璧とは言い難く、この時点では未知数な事ばかり。不安と好奇心が攪拌せずに脳内を浮遊し続けている。コミュニケーションはどうするのか、文化の違いは大丈夫かーー。などなど、考えるほどに額に嫌な汗が滲む。 

旭川空港に着いてほどなく、一行が到着。あらかじめ、お互いの写真を交換していたので、難なく合流できた。

韓国人のメンバーは三名で、プロデューサー兼カメラマンのU氏、主演するアングラーのKAN氏、スタッフのK氏。ここで問題が発生。誰も日本語を話せない。そればかりか、通訳も同行していないのだ。

動揺を抑えて、泥縄で覚えた韓国語「オソオセヨ(いらっしゃい)」で挨拶。次の瞬間、矢継ぎ早に韓国語が返ってきた。まったく理解不能。さあ、どうする……。

 困惑する私をみかねて、アングラーのKAN氏が英語で話しかけてきた。

「エイゴナラ、ワカリマスカ? ワタシハ、アメリカニ2ネンイタノデ、エイゴハ、ハナセマス」

 助かった。英語なら何とかなる。最低限のコミュニケーションは取れそうだ。以降はKAN氏を通して、他のメンバーと会話することになった。

 ロケが始まるのは明朝から。今夜は旭川市内に宿泊する。韓国人の一行を車に乗せて空港を後にした。ホテルへ向かう途中、ドラッグストアに立ち寄り、絆創膏や胃薬など、万が一に備えて必要な薬剤を購入。そして腹ごしらえ。下調べしていた韓国料理の店に向かうつもりだったが、「ミンナ、ニホンノオスシガ、タベタイデス」とKAN氏が言うので、私が寿司をつまむ真似をして見せると、全員が頷く。ならば希望に添えよう。旭川市内で一番人気の回転寿司にイン。

 この選択は大正解だった。彼らは、良い意味でカルチャーショックを受けたようで、握り寿司を眺めて美しいとため息を吐き、口に入れては美味いと眼を丸くする。

「コノミセハ、サイコウデスネ。ミンナ、カンドウシテイマス」とKAN氏が私に告げた。他の二人も大きく頷く。なんだか、とても鼻が高い。うん、食文化は日本の誇りだな。

 寿司をたらふく食べた後、彼らを宿泊先のホテルに送り届けた。
本日の任務は終了。やっと、一息ついた。だが、本番は明日から。心して臨まなければーー。

*       *        *

明くる日は、旭川近郊の石狩川からスタートして天塩川の上流を巡り、エゾイワナを追い求めた。

日本の渓流にKAN氏は興味津々の様子。魚が釣れるとサイズによらず魚体に見入っているので、不思議に思い訊ねると、韓国に天然のイワナは棲息していないらしい。私のホームではポピュラーな魚も、お国が違えばレアな魚種になるのだ。当たり前のことだが、妙に感心してしまった。

ここでカン氏について、軽く触れておこう。KAN氏は、韓国でメジャーな釣り具メーカーのテスターを担う人物で、ソガリ(コウライケツギョ)とトラウトのエキスパートだ。

 翌日は、オホーツク海側の道東へ移動。屈斜路湖でヒメマスを釣って、釧路へ至る強行軍だ。

 釣りの前に美幌峠でロケハン(景色の撮影)をしたので、屈斜路湖に到着したのは午前九時過ぎ。遅い釣りスタートなので、すでに湖は、ヒメマスを狙うアングラーで賑わっている。

「タクサン、ヒトガイマスネ。デオクレマシタカ」と、ため息を吐くKAN氏に、この時期は当たり前の光景で、人気のポイントが空いていなくても釣れるから大丈夫、と説明して準備開始。

大勢のアングラーを目の当たりにしたカン氏は、すぐにでも釣りを始めたい様子だったが、ヒメマスのルアーフィッシングにはちょいとしたコツが要るので、実釣の前にレクチャー。小型のミノーをゆっくりと漂わせ、誘って食わせるメソッドを実践し、実際にヒメマスを釣ってみせてから撮影をスタート。

慣れない釣りに最初は苦労していたが、そこは隣国のプロアングラー。釣りのスキルが高いので、あっと言う間に順応して、恰幅の良い深紅の魚体を次々とキャッチした。

そして釧路へ移動。二日間、釧路湿原で遡上アメマスを狙う予定だったが、本命河川の魚影があまりに薄く、思うような釣果が得られない。

さて、困った。どうするべきか。この時間から、冒険はできない。

こんな時に頼れるのは、地元に在住する釣友。という次第で協力を仰ぐと、快く引き受けてくれた。強力な助っ人の登場で、事態は一変。サイズこそ五〇センチ止まりだったが、無事に数本のアメマスをキャッチ。とりあえずロケは成立した。

最大の難関は、最終日の明日。なにせ最後のミッションは、大物アメマスとの格闘劇。一筋縄ではいかない難易度マックスの任務だ。この数年、巷で話題になっていたように、遡上アメマスの個体数が激減している。特に大型個体の減少は、眼を覆うばかりの惨状。道産子のアングラーですら、なかなか手にすることが叶わない状況だ。しかし、ここで弱音を吐くことは許されない。お隣の国の釣り人たちに、日本のフィールドの素晴らしさを披露せねば。
                       第十一話に続く。

◇Photo graphic

000・韓国のロケ隊三名が、旭川空港に降り立った。

001・英語が話せるKAN氏とすぐに意気投合。今回は、主演のアングラーが韓国語の通訳を担う。

002・ロケが始まる前にKAN氏と打ち合わせ。未知のフィールドを前にして緊張を隠せない。

003・撮影がスタート。初めて手にしたイワナに興味津々の様子。

004・北海道の渓流に棲息するエゾイワナ。私には見慣れた魚だが、韓国では超レアな渓流魚だ。

005・屈斜路湖に到着。まずは、ヒメマス釣りのメソッドを実践。

006・すぐに赤いセッパリの魚体を手にした。この後、KAN氏にもヒット。

007・陽光を照り返す湖面でもがく美しきファイター、ヒメマス。秋が似合う魚だ。

008・釧路川で遡上アメマスを狙うが、魚影が薄くて全くアタリがない。

009・現地在住の釣友が到着。強力な助っ人の力を借りて仕切り直し。

010・遡りアメマスをゲット! ジャスト50センチ。コンディションの良い魚だ。

011・この日は、50センチを筆頭に数匹の遡上アメマスを釣り上げた。

神谷悠山 北海道旭川市在住
物心がついた頃から渓流釣りを覚え、これまでに様々な釣りを嗜んだ。その経験を生かし、メディアで釣りの魅力を紹介している作家、構成作家。得意とするのは、内水面のトラウトフィッシング。自らを欲張りな川釣り師と称し、ルアー、フライ、エサを問わず、ノンジャンルで釣りを楽しんでいる。